久々に世間話でもいたしませう。

 毎年恒例の日テレの24時間TV、先週やってましたね。今年で31回目になるそうで。自分は第1回の時のこと結構覚えてます。欽ちゃんと大竹しのぶがパーソナリティで。あのころはTVで24時間番組やるというのも画期的だったし、チャリティというのも新鮮だった。(おいらは、大阪にいたころだ。あ~齢が~)それ以降、ずっと見てた年もあれば、全然見ない年もあったり、1度だけ武道館も行ったことあるし、なんだかんだいっても31年、24時間テレビの時が来れば、あ~、そんな時期なんだなって思ったりするもんだ。そして、今年の24時間TVは、いつもの年よりも長く見てた。(むろんテレビ金沢でね)

 ところで、ネットなどを見ていると、くだらないだとか、偽善的だとか、障害者を見世物にしてるとか、マラソンの距離が短いとか、3億の募金を集めるために何十億も制作費かけてるとか、まあ否定的な意見が多いこと。(いや、自分も少しはそう感じることもあるのだが・・・)ま、意見を言うことは自由だが、民放見るのはタダなんだし、本当に気に入らないなら見なきゃいいのであって、別に目の敵にするようなことではない。

 自分も、24時間TVはチャリティというより、一つの番組として見ている。そして少々演出が入ってるなとか思いつつ、自分が今まで知らなかった、いろんな立場の人々の様々な生き方を感じ取っている。いろいろ考えさせられる。それだけで24時間TVの価値があると思うのだ。マラソン、はるな愛、炎天下でよく頑張った。少なくともおいらは24時間走り続けることは無理だ。最後のサライ、やっぱり口ずさんでる。番組に少しだけ勇気と感動をもらっているってことかもしれない。それで、自分の生き様の中に少しだけ思いやりの心が持てればいいのだと思う。

 ところで、今回の24時間TVの中で、「みぽりんのえくぼ」という、13歳にして脳腫瘍のため亡くなった岡田美穂さんという女の子の話をもとにしたドラマがあった。内容については、TVでやってた通りだし、本も出てるので、ここでは詳しくは説明しないが、「生きている」意味と、「支え合う」大切さを考えされられる秀作だと思う。TVドラマのキャスティングのうち、長瀬智也・広末涼子が父親母親役というのは若干違和感あったが(下手というわけじゃなく、年齢的にリアリティがないということ)、みぽりん役の子役(木村真那月)、それからみぽりんに少しやっかみを感じる姉の役の高校生(福田麻由子)なども雰囲気出ててで、なかなか見応えがあった。今後DVDも出るようだ。

 この話、病魔と闘う少女が病床で書いた絵手紙を母親がまとめて一冊の本にし、絵手紙については展覧会が開かれ話題となっているということで、数年前に、NHKですでに紹介されている。(AKIE女史はそれを見てこの話は知っていたようだ。)

 本の中では、番組などではあまり紹介されていないが、みぽりんが大のシナモロール好きで、シナモングッズに囲まれていたこと、絵手紙にはシナモンの絵がたくさん描かれていること、病気の間も、愛知県の家からピューロランドに何度か行っていることなども書かれている。(ディズニーランドにも。)こういうのを見ると、家族や周りの人に深い愛情を受けていたのだと感じる。苦しい闘病生活だったと思うが、きっと生きている間は幸せだったに違いない。シナモンの絵にそれがよく出ている。しかし、命ははかないものだ。生きているからこそ、幸せとか不幸だとかいろいろ感じられるのである。亡くなれば何もない。生きることを許されなかったみぽりんは、今、多くの人に見守られているが、本人はそれを知る由もない。ただ雲の上でシナモンと遊んでいるだけなのだ。(註)

(註:シナモンは子犬のキャラクターだと思われているが、実は雲から生まれている。(『シナモン the Movie』より。))←雑トリビア

 世間では相変わらずいろんなニュースが飛び交っているが、13日の金曜日、我々的に(特にAKIEにとって)衝撃的なニュースが走った。歌人の河野裕子さんが前日の12日乳がんのため64歳の若さで亡くなった。

「歌人の河野裕子さん死去…女性の感覚で家族詠む」 (読売) 

「現代女性歌人の第一人者・河野裕子さん死去 64歳」 (朝日)

 河野裕子さんという人がどれだけの人だったかということは、ネットなどでお調べいただくとして、なぜ本ブログでもこのことでトピックをあげるのかというと、一応短歌やってるAKIEにとっても師匠のような人であるからだ。

 5年ほど前、「毎日歌壇」に投稿していたAKIEに、選者の一人であった河野先生から直接電話で、歌の感想とアドバイスなどをいただき、これをきっかけにAKIEは河野先生の夫の永田和宏さんが主宰する短歌結社『「塔」短歌会』に入会し、短歌に本格的に取り組むこととなったのである。(写真は「塔」の会誌。一応AKIEの歌も毎月載っております。)

 一昨年、AKIEが子宮摘出手術で入院したとき、その時の状況を歌った短歌をAKIEが新聞に投稿したのを見て、河野先生から心配と勇気づけの葉書をいただいた。同時に、その葉書は河野先生自身が10年ほど前にわずらったがんの転移が発見され、今戦っているところだという衝撃的な内容であった。そして、AKIEに対し、「どんなことがあっても短歌を続けなさい。そうしたら短歌があなたを助けてくれる」といった内容のことが書き添えてあった。今もそれが、長く体調のすぐれないAKIEにとって、短歌を続ける力、そして生きる力となっているのである。(しかし河野先生の短歌に対する姿勢は厳しかった。)

 今年もAKIEの歌は「与謝野晶子短歌文学賞」に河野先生の選で入選させていただいたところであるが、それが最後の接点となった。

 64歳は若すぎる。90歳でも100歳でもできるのが短歌だ。そしてあまりにも突然だった。悪いとは聞いていたが、まさかという感じだ。ま、死の前日まで投稿歌の選定をやっていたというから、好きな短歌を抱きながら永遠の眠りについたというところであろう。

 人は死んで名を残すというが、河野先生の言葉は、多くの人の心に残り、そしてAKIEの心にも生き続けていくのだ。

 AKIEさん、短歌・・これからもやるっきゃないね。

 3年前に佳作特別賞でお茶になって以降、AKIEの「伊藤園お~いお茶新俳句大賞」への取り組みは、一昨年は佳作(作品集のみ)で、昨年は応募せず(締切日忘れ?)という状況であったが、今年(第21回)は、再び佳作特別賞をいただきましたので報告します。また1年後くらい後の忘れた頃にお茶になるものと思います。

 優しくて怖くて海は母のよう 山上秋恵

 ところでこの賞、応募総数160万句というすさまじい数だそうだ。学校ぐるみの応募が多いのも一つの理由であろう。この中からどんな作業で選考しているのだろう。全く想像を絶する。

 本日(6月13日放送)のNHK短歌

 2009年1月以来1年半ぶりにAKIEの歌が放送されました。しかも、またしても一席!何打数2安打がいずれも本塁打ということころです。ひとえに皆様に温かく見守ってくださっているおかげです。ありがとうございます。

 加藤治郎先生選・テーマ「雨」

 透明なレインコートを着ていると私も雨のしずくになれる 山上秋恵

(6月16日(水)14:30からNHK教育にて再放送される予定です。)

 ところで、AKIE本人は喜んでいるかというと、まあ喜んではいるのだが、かといってあまり元気は出ていない。というか、最近特にずっと調子が悪い。悪い夢も相変わらずよく見ている。決して短歌・川柳が不調ってわけでないのだが、なぜかかなり自信を失っている。

 それは、よくわからないが、人里離れた不便な場所にいて、人と接する機会が極めて少なくなっていて、その結果いろいろな誤解によって人との折り合いがついていないというのが最大の原因のようだ。

 たとえば、多様な価値観を認めない点数主義みたいな人がどうも多くて、そういう人の言葉がオーディエンスになっていると、そこから疎外感を感じているようだ。

 感受性豊かであるがゆえ、いい作品で時々ヒットを放つのだが、その感受性は時には悪いことも敏感に感じ取ってしまうらしい。だから余計に苦しんでいる。

 そんなこんなで、いろんなことと戦いながらやっているわけだが、ま、今回のような入選を励みに、自信もって元気だしてやってもらいたい。などと、いつも横で見て言ってるだけで、実際はAKIE女史に苦労ばかりかけている愚夫はむ!であった。 

 ここの管理人(はむ!)というヤツは、HPやブログの更新はほとんどしないくせして、そのための道具はかなり凝っている。ハンデ36なのに高級クラブセットを持っているサラリーマンプレーヤーみたいなものだ。

 本ブログ読者の方(ほとんどいないと思うが)にはご存知のとおり、2年前に当時としては高スペックのPCを組み立て(当時の記事参照)、adobe creative suiteとか普通個人では買わんやろというようなプロ向けソフトを購入。そして、使わないようなソフトをインストールしては、PCが重くなってきて、メモリが足りなくなったりとか・・。道具だけ立派でも使わなければ錆びてくるという典型的な例だ。

 そこで思い切って、先日のGWを利用してWindowsをVistaから7にすることにした。しかも64ビットにすれば、メモリを4GBからさらに増設でき、いろんなソフトをさくさく使いこなせると欲張ったのが失敗の始まりだった。

 アップグレードの方法について、ま、そこそこの知識はあるつもりだ。だから、ほとんど問題なくWindows7(64bit)のインストールは完了した。32ビットから64ビットにしたとき、以前のソフトはインストールし直しになることや、対応していないソフトやドライバがあることも織り込み済みであった。必要なファイルは外付けHDにバックアップしており、もう完璧であった。ここまでは。

 しかしだ・・・、メールソフト(Mozilla Thunderbirdを使ってます。)をインストールして、これも完璧だと思って、さあ以前のメールをインポートでもして、テストメールでも打とうかなと思った瞬間、頭の中の血の気が引いた。過去のメールがない(`O´)。そうだ、マイドキュメントなどはバックアップしてたのに、メールのバックアップをし忘れていたのだ。それでも64ビットなんかにしなければ、前のがそのまま引き継がれていたのだが・・。したがって、この2年間のメールはすべて消えてしまいました。

 実は、その時点では復活の可能性があったのだ。32ビットから64ビットにしてもwindows.oldというフォルダが自動的に作成され、以前のソフトやデータがアーカイブされていたのだ。はむ!はそれを知らず、思い切りHDの容量を食っているwindows.oldを悪の元凶と勝手に判断して削除してしまったのでした。

 読者のみなさん、特にここ2年間(2008年以降)にメールをくださった方。以上の理由により、アドレスとメール消えてなくなってしまいました。ごめんなさい。もうすでに十分呆れられてるとは思いますが、もし、はむ!と友達を続けてやってもいいと思ってくださっていれば、気が向いたときでもメールいただければ嬉しい限りです。

 ちなみにそれ以外はPC快調です。

 夜行列車の廃止に関しては本ブログでも時々触れることがあり、そのたびに惜しい寂しいなどと言っているところであるが、時代の流れはどんどん加速していっており、無駄は徹底的にバッサリやろうという世の中であるがゆえ、夜行列車などという非効率的なものは、ほとんど居場所がなくなっている。

 さる3月には上野-金沢間の夜行列車「北陸」と「能登」が廃止になったことは、鉄ちゃんならずとも、ニュースなどでご存知の方も多いことだろう。もしかして鉄道写真を撮るためにホームや沿線に群がった「撮り鉄」の印象が残ったのではないか。あれだけ多く鉄道好きがいるのに、なんで廃止なんだろうと思う人もいるかもしれないが、普段はガラガラだったのだ。廃止することが決まってからにわかに出てきた人たちが多い。そんなに集まるならもっと乗れよ。なんて言いたいところだが、にわか鉄ちゃん諸君(←おいらも)にとっては、普段は金も時間もそんなことには使ってられないのだ。(むろん夜行列車というものは、どれだけ乗っても赤字になるくらい非効率な乗り物である。)

 今年度中に東北新幹線が新青森までと、九州新幹線が博多-鹿児島まで全通し、そして、10年以内には北陸新幹線と長崎新幹線、さらには北海道新幹線が青函トンネルを越える。スピード時代だ。そして、いよいよ夜行列車は終わりの時を迎えようとしている。

 撮り鉄さんじゃないので下手ですが、写真を数枚・・・

 写真は、今はなき寝台特急「北陸」。1年前に東京に行くときに乗った際に金沢駅にて撮ったものである。こんなに早く廃止になるならもっと乗っときゃよかった。

 ブルトレは鉄道少年のあこがれだった。この車体と、方向幕がノスタルジー。

 向かいのホームに止まっていた夜行急行「能登」。昭和40年代製造、むろん国鉄色だ。ボンネット型の電車はこれを最後にすべてなくなった。


 今日は4月17日です。またまたさかのぼり書き込みです。まるでたまった借金を返すのに四苦八苦しているような・・まじ忙しかったんっすよ。いろいろと。まあ、次回からは嘘の日付で書くのことはしないようにします。少なくともその月のうちには書きます。っと自分に言い聞かせてっと。

 4月だというのに寒いっすね。こちらは桜の方はだいぶ葉っぱ出てきたけど、まだ花は残ってるよ。ぎりぎり花見はできそうだ。しかし寒いよ。なんだか北極振動という何十年に1回の現象が起きてるらしい。一方ではエルニーニョで、なんか寒い異常気象と、温かい異常気象がせめぎ合っているようだ。ホント、体がついていけないよ。

 さて、我々は2010年度も引き続き石川におります。これにつきましては特に感想はありませんが、(その時の風向きによってどうにでもなる身分なもんで・・)自分に与えられた時間と場所で、できることを精一杯やるのみです。

 それよか、折角なのでもう少し周辺探訪などいろいろ行動したい気持ちもあるのだけど、気候もイマイチすっきりしないせいか、気分がなかなか乗ってこない。空ぶかしばかりしていてギアの入らないエンジンだ。

 とりあえずもう次のネタも今書いてるところで、明日くらいにはアップしますので、これでとりあえず借金返済できると思います。

 その次から本格的再スタートだ。

 この記事は3月に書いてますが、毎月書かないと表示とかがおかしくなることがあるので、2月28日に書いたことにします・・ってこんなことじゃ益々みんなに見捨てられるよ>おいら。2月は五輪もあったし・・・ん~これからガンバりまっす。

 それはさておき、今日のネタは「ときめいて」だ。「ときめいて」と言えばやっぱり西田ひかる・・♪ときめいて、ときめいて、ときめいて~~ぇ♪(作詞:松本隆、作曲:筒美京平のアイドル定番コンビよん)・・・あぁ、かなり懐かしい・・・

 そしてこの歌を思い出すこととなったのが、近所の道の駅などの土産屋で売っている「ときめいて石川」チョコレートだ。ネーミングがさわやかだし、実際買ってみて食べたらホワイトチョコにポン菓子のような米パフが入っていて、くせになりそうなほど美味しい。ちょうど北海道の「とうきびチョコ」に似た風味だ。(わからない人はわからないかも)これとは別に板チョコの「きらめいて石川」なんてのもある。

 自分は、この「ときめいて」というチョコ、石川県だけのものと思っていた。他県に行ったら土産になるかなと。しかし、たまたま別の機会に隣県の富山県に行ったとき、石川とほとんど同じようなデザインで「ときめいて富山」が売っていた。こちらはホワイトチョコではなく普通のチョコである。しかし「なんだよ~。ときめいては石川だけじゃないのかよ」とがっかりした。

 それならまだしも、別の機会に三重県に行くことがあった。そこでは同様のパッケージで「ときめいて三重」が売っているではないか。

 さらに、調べると「ときめいて北海道」とか「ときめいて茨城」とか「ときめいて鹿児島」とかその他各地でときめいてチョコは売っているらしい(全都道府県あるかどうかは不明)。「きらめいて」シリーズの方もしかりだ。これじゃ土産にならんじゃないか。ただ、ホワイトチョコは「ときめいて石川」だけのようなので、これだけは他県との違いが出ている。

 ま、これから、全国のご当地「ときめいて」チョコを探すなんてのもいいかも。

 年頭の公約(1月3回以上ブログ更新)は、早くも自ら破られそうである。ま、どこかの党もしかりなので、あまり気にせずマイペースでやっていこう。でも、一応目標は目標なので、それに近づけるよう頑張ります。

 さて、空白期間埋めのネタではないけれど、こんな話題でもやりながらブログ活性化したいと思います。

 近頃、各地で百貨店の閉店が相次いでいる。このことは改めてブログネタにしたいと思っているが、誠に寂しい限りである。しかしそれは、人々の生活スタイル、好み、価値観が変わってきたということであろう。そして今の時代は、「ファストファッション」なる、値段が安くて気軽、それでいて流行はしっかり押さえているというスタイルが主流のようだ。その代表格が「ユニクロ」であるが、ユニクロはオリジナリティが強すぎて好みが分かれるところである。一方、商品の多様性から言えば「ファッションセンターしまむら」が最もトレンドではないだろうか。

 しまむらは、都市部にはあまり店はなく、地方のそれも結構田舎に多く、正直、もんぺをはいたおばあちゃんが入る店って感じであった。実際最も住まいから近いしまむら(写真)も周りに何もなくて、田舎の服屋さんという雰囲気だ。しかし、扱っている商品は、なかなかファッショナブルで、それでいて値段が安い。ヤング向けからエルダー向けまで、フォーマルからカジュアルまでそろっている。婦人物だけでなく、男物や、小物、寝具、日用品などいろいろある。(男のおいらでもそこそこ楽しめる。)他には、アシックスとしまむら共同開発のスポーツシューズがあったり、さらに最近はハローキティ物が充実してきている。

 「しまラー」という言葉もあるそうだが、結構わかる気がする。(写真は「しまラー」の代表格でファッションリーダーの益若つばさプロデュースの商品で、キティの靴下である。)

 とにかく、百貨店を窮地に追い込むほどであるから侮れない存在である。

 2010年もよろしくお願いします。今年の目標はブログ更新月3回以上です。最近の本ブログネタはサンリオか鉄道かという感じになってきていますが、今回は鉄道話の方でいきます。

 はむ!は本サイト旧ブログでも紹介したとおり時刻表検定2級なるものを持っていたわけだが、正直言って、最近うようよ出てきているご当地検定とか、なんとか検定とかというにわか検定などとは訳が違って、天下の時刻表、資格レベルの格の違う検定だと思っていたし、またそれなりの自負も持っていた。時間ができれば1級やそれ以上も目指して、時刻表の見方や行程計画、旅費計算ならおいらに任せろぐらいに思っていた。

 ところが、時刻表検定は残念ながら2009年11月をもって終了ということになった。それを知ったのはその前月、え?と耳を疑った。しかしそれは事実だった。せめて最後の検定を受けたいと思ったが、全くの準備不足で断念した。よくよく考えたら時刻表検定などやはり趣味の域を超えてない検定だし、昨今ネットの乗り換え検索などで、簡単に出発・到着時刻から運賃まで計算してくれる時代、その役割は終わったのかもしれない。時刻表検定協会というのがどういう団体だったのかよくわからないが、受験者も固定化していってあまり儲からなかったのだろう。

 というわけで、自分の努力は(あくまでも趣味上での努力であるが)水泡と化したわけで非常に残念であるが、これは時代の流れ、仕方ないことだということで納得することとした。むしろ自分が時代に合わせて変わっていかなきゃならないということなのだ。これまでの蓄積はまたどこかで生かすことができる時が来ることを信じて。

 写真はJTB時刻表2009年4月号(通算999号)です。創刊約85年。創刊80年以上と言えば小学館の小学五年生・六年生が廃刊になるそう。趣味や価値観の多様化が原因らしい。さしあたって時刻表がすぐにそんな運命になるとは思えないが、隠れたベストセラーと言われた時代から発行部数はピーク時の10分の1まで落ち込んでいるそうだ。あと10年ぐらいしたらもしかしてわからんよ。

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